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アウラ Aura
オリジナルなものが「いま」「ここ」という一回性においてもっている重みや権威。W・ベンヤミンが「複製技術時代における芸術作品」(1936)で用いて有名になった概念。ベンヤミンによると、写真や映画は、絵画がもっていたアウラの凋落を引き起こすのだが、それはこれらの複製技術によって生じる反復可能性が、絵画にかつて感じとられた一回性を失わせることによっている。さらにこの問題は芸術作品の所有の問題にも拡張される。芸術作品の礼拝的価値から展示的価値への転換は、私有可能なタブロー形式が広まることと平行して捉えられているのである。しかし、むしろ「かつてそれがあった」ことの指標でもある写真が「プンクトゥム」(R・バルト)を引き起こすことが明らかになっている現在では、写真や映画の反復可能性がそのまま別種のアウラとして立ち現われる可能性がある。したがってアウラを、メディアによる知覚形式の変容に相関的な関数概念とみなす必要があるだろう。 他には、オーラ・花の微かな香り・分裂症の前駆症状・風の女神。イタリア語では心地良い風! 重さ・形が揃った100個のグラスを全て割った事がある。それらには気持ちが感じられなかったから・・・無機質なガラスが無意味に思えた。技術のある職人は完璧に全てを作り上げる。私は気持ちを込めたグラスを一個一個を作り続けたい。 *使うウチにその人の指がグラスの形状に合ってくるような感覚。(オーラ) *グラスの微妙な歪み。微かな模様を組み合わせる事で出来る光の屈折。(花の微かな香り) *他の人から見る制作風景。(分裂症の前駆症状) 私がグラスに色を着けたくないのは、使う人の色にしたいから。 生活をする回りには色彩が溢れてます。日本家屋には日本家屋の色、洋館には洋館の色。飲み物によってもグラスの色は変化します。だから敢えて色を使わなくてもイイのではないかと考えます。 強い主張をしないからこそ永く使われるという気もします。 心地良いアウラを感じて下さい! |
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